胸部における高電圧X線撮影に関する考察

2023.3

金沢大学医薬保健研究域保健学系 市川勝弘

はじめに
 胸部における高電圧X線撮影(以下,高圧撮影)は,軟部組織と骨のエネルギーによる線減弱係数の変化の違いを利用して,軟部組織のコントラストに対しての肋骨のコントラストを低下させる.すなわち軟部組織コントラストに対する骨組織コントラストの比を低下させて軟部組織陰影を阻害する肋骨陰影を極力見えづらくして結果的に軟部組織の描出能を向上させる.この効果は,被写体コントラストの問題であるので,digital radiography(DR)であっても当然有効であり[1],現在でも広く用いられている. 本稿では,DRにおける高圧撮影の有効性について論じる.

 

管電圧とフィルタ
 高圧撮影では,基本120kV以上の高い管電圧と,Cuによる付加フィルタ(以下,Cuフィルタ)を用いる.Cuフィルタは,通常のX線管の総ろ過(2.5mAl以上であることとされる)で発せられる低エネルギー成分をフィルタで吸収し,実効エネルギーを高め,高電圧効果に期待される効果(肋骨コントラスト/軟部組織コントラストを低下させる)を高めるために行う.従って,単なる“高管電圧による撮影”ではない点に注意が必要である.

 

効果
 高圧撮影は,軟部組織コントラストに対しての骨コントラストの比を低下させるために行なう.図1に模式図を示すが,軟部組織コントラストはAであり,そして骨コントラストはBである.高圧撮影ではB/Aを低下させて,“肋骨を目立たなくする,すなわち軟部組織を見やすくする”.では,なぜこのような効果が高圧撮影(高電圧+Cuフィルタ)で生じるのか.なお,Cは骨に重なった軟部コントラストであるが,後述するように高圧撮影の効果とは関係ない.

 一般に,X線エネルギーが高くなると線減弱係数μはいかなる物質でも低下し,コントラストは低下する.よって高圧撮影では物体のコントラストは低下する.しかし,軟部組織と骨ではこの低下の度合いが異なる.低いエネルギーでは,骨のコントラストは軟部組織に対して非常に高く,B/Aは高い.これに対して高いエネルギーでは,軟部組織の低下度合いに対して骨の低下度合いが大きく,結果的にB/Aが顕著に低下する.例えば,90kVのCuフィルタなしの実効エネルギーは35 keVぐらいであり,120 kVのCuフィルタ0.2mmでは55 keVぐらいとなり,その時のμは,それぞれ軟部組織で,0.34と0.23,骨で,1.92と0.71であり[2],μの比(画像形成における対数変換で考えるとμの比となる)は,35keVから,55keVになると44%も低下する.実際には,他の組織が重なり,この効果は低下するが[3],高電圧+CuのB/Aを低下させる効果は無くならない.


DRにおける効果
 DRは,ルックアップテーブルの調節により,写真(画像)コントラストを自在に変化できる.しかし,被写体コントラストを変えることはできない.よって,高圧撮影は,有効に働く.それどころか,高電圧+Cuフィルタで低下した被写体コントラストに適切なルックアップテーブルを作用させて視覚的に十分なコントラストとすることができる.つまり,高電圧撮影は,DRにおいてより生きるテクニックである.

 

撮影タイマー
 胸部撮影におけるタイマーは,心臓の動きによる不鋭を避けるために極力短くする必要がある.その点で,より厚いCuフィルタを用いるなどして,効果を高めようとしても,タイマーの延長が避けられない.この点には注意が必要である.

 

CNRによる評価
 高圧撮影の効果を定量的に測るためにCNR(またはSDNR)を用いる場合がありますが,これには注意が必要である.なぜなら,通常の撮影条件では,肺野部の検出器到達線量は,必要十分であり,つまりノイズが目立たない条件下で撮影が行われるからである.その主な理由は縦隔部での必要な画質を実現するために線量を下げることができず,結果的に肺野部の線量は必要量を超えることによる.よく胸部画像を見てみると肺野ではほぼノイズを観察することができない.よってCNRによる評価を優先させて高圧撮影の線質などを決めると,臨床的に求められる最適化に必ずしもたどり着くとは限らない.さらに縦隔部での最適化を優先することもできない.それは縦隔部では骨と軟部の両方を観察し,肺野に求められる条件と異なるからである.CNRを用いた最適化には様々な問題がある.

 

骨に重なる軟部組織コントラスト
 高圧撮影の効果として“骨に重なる軟部組織を見やすくする”という表現がよく用いられる.しかし,骨と軟部組織が重なった場合に,骨部のみの部分の画像レベルと骨と軟部が重なった部分の画像レベルによるコントラストは対象ではない点に注意が必要である.先に述べたように,画像形成の観点からは,μが画像に現れる.よって,骨のみの部分では骨のμBが,骨と軟部が重なった部分はμB+μSが画像レベルに反映される.したがって,これらの間のコントラストはμSであり,高圧撮影の効果の対象ではないことは明らかである(μSは高圧撮影により低下するが前述のように画像処理で復活できる).
 高圧撮影は,骨のコントラストを低下させ,軟部組織の描出を阻害することを緩和させる目的で用いる.したがって,“骨に重なった軟部組織を見やすくする”という表現は実は適切ではない.よって,骨だけの部分と骨と軟部の部分のコントラストを定量指標とするのは不適切である.

 

画像処理パラメータ
 高電圧撮影の検討では,まったく同じ画像処理パラメータを用いることは適切ではない.なぜなら,線質を高めた場合に全体の画像コントラストが低下する可能性は大きいからである.これは,一般に用いられる露光量範囲の自動決定機構(EDRなど)が作用し,より高い線質のときに,相対的にやや広めの露光量範囲が設定されることが原因である.例えば90kV+Cuフィルタと120kV+Cuフィルタを比較するとき,実効エネルギーは120kVの方が高く,画像処理を同じにした場合に120kVの出力コントラストが低下する.これをそのまま視覚評価すると誤った結果を出しかねない.画像処理パラメータの設定時には,例えば軟部組織コントラストを同等にするパラメータ調整を必ずすべきである.


最後に
 胸部の高電圧撮影(高電圧+Cuフィルタ)は,軟部組織と骨の線減弱係数のエネルギーによる変化の度合いの違いを利用し,骨コントラストを低下させ,軟部組織陰影を骨陰影が阻害するのを防ぐ目的で用いられる.これは肺の中の腫瘤陰影の視認性を向上させるなどの効果を生む.DRでは被写体コントラストを変えることができないので,高電圧撮影は依然有効であり,さらに写真コントラストを自由にコントロールできるDRに適した撮影(線質選択)テクニックである.今後も高電圧撮影を有効に活用し,さらにそれに適したDR画像処理パラメータにより,より診断に適した画像が提供されることが望まれる.

 

[1] 市川勝弘,石田隆行共編,標準 ディジタル画像計測,オーム社
[2] https://www.nist.gov/pml/x-ray-mass-attenuation-coefficients
[3] 川嶋広貴,市川勝弘,他,日本放射線技術学会雑誌,77(3),2021